私なんか生まれてこなければよかった
こんなことは考えたことはないだろうか?
学生時代
小学生の頃
「自分はなんで生きているんだろう?」と言う漠然とした疑問があった
夜思うと怖くなって怖くて怖くて そう思いながら眠った
そのことは上記のブログで書いている
それは小学生の時の話で
やがて中学生の頃になると
反抗期からか自分の納得いかないこと親に迷惑かけていることとか
自分の心の中を表現できないモヤモヤ感から
「私なんて生まれてこなければよかったのに」と思うようになる
自分のモヤモヤが解消されないあの感覚はなんなんだろう
どうしてもどうしてもモヤモヤしていて
思春期特有なのかなんなのか
「私なんて生まれてこなきゃよかったなぁ」って
他人にこんなことは言ったことはないけど
親に迷惑かけるたび意見がぶつかるたびに思ってましたよ
私は思っていることを素直に人に話すということが昔から苦手だった
自分の軸にある大切な何かを伝えようとすると
涙が出てしまう 言語化
何か大事なものことを話そうとすると泣いてしまう
だから言葉を発して声に出して伝えるというよりは
手紙を書くことが好きで手紙を渡すことで伝えたい人には伝えてきた
前置きは長くなったけど
先日大人は泣くのか?みたいな話に子どもたちとなった
「感動したら泣くよ悲しくても泣くよ」と私は答えた
そうしたら娘に
「私はママが泣いているところ見たことあるけどね」と言われた
すっかり忘れていた自分も自分だが私は娘の前で大号泣をしたことが過去にある
それは
娘が泣きながら
「私なんか生まれてこなければよかった」と言ったときだ
下の双子に気を取られて娘がさみしい気持ちを堪えられずに発した言葉だと記憶しているが真相はもうわからない
ただただ
「私なんか生まれてこなければよかった」と言われた時
「そんなこと言わないでよ」
と言う前になんでそんなことを言うのか悲しくて悲しくて涙が止まらなくなってしまった
娘はびつくりする ママがこんなに泣いているところを見たことがなかったから
でも私はその一言が悲しすぎて
その一言を聞いた時
娘を妊娠した瞬間から産まれるまでの間の記憶が走馬灯のように思い出されたのだ
お腹に命を宿したときただただ元気に産まれて来てほしいと思ったこと
出産して初めて顔を見た時「会いたかったよー」って思ったこと
本当に本当に小さくて軽いのにこの小さな命を守っていけるのか不安に思ったこと
今でもこれは思うけれどどんなに敵がいても1番の味方でいたいこと
会えた時は嬉しくて「ようこそこちらの世界へ」と声をかけたこと
などなどいろんな感情が波のように押し寄せた
あなたが思っている以上に大切な存在なの だから そんなこと言わないで
そんなことを思った
娘には泣いて泣いて言えなかったけど
夫がおいおいどうしたんだよって聞いて
「娘に『生まれてこなければよかった』と言われた」と伝える前にもう泣いてしまって
娘は6歳くらいだったけど見たこともない大人の号泣に何か感じるものがあったのかもしれない
私には愛すべく人がたくさんいてその人たちがこんなことを口にしたら悲しい
だから本当は伝えなきゃならないのかもしれない
「あなたは私にとってスーパー大切な人なのよ」って
「どんなことがあっても味方でいたい」忘れてもいいの
ただふとこんなこと思っている人がいたなってふとした時に思い出してくれたら嬉しい
どこかで何か助けになるかもしれない
そんなこんなで私はこの出来事から
自分も中学生の頃こんなこと思ってたなって思い出したのでした
就職した時父に言われた
「就職した先で保険屋さんが保険に入れとくるかもしれないがそんな保険は入らなくていい。受取人はたいてい親で、子どもが死んでお金が入っても何一つ嬉しくないんだから」と言われた時
あーちゃんと私を大切に思ってくれていたのだなと思ってじんわりしたのを覚えている
今自分に子どもが生まれて思うよ
子どもってかわいい。にくいけどそれに増してかわいい
コントロールするでもなく1人の人として平等に接していきたいなぁと思う反面
ガミガミ言っちゃうこともあるけど
総じて愛している
私には家族、友人、関わる人などたくさんの大切な人がいっぱいいる
突然会えなくなるのは寂しいから
会った時には最後かと思って接したら
何かあたたかなものが生まれるかもしれないと思った
今日も空が青くて澄んでて綺麗です
ちょっと顔あげてみて〜!!!
それでは今日も行ってきます!!!
気をつけて
行ってらっしゃいませー!!!
