怒りのエネルギーが辛い
いつから人はこんな風に本音と建前を器用に使うようになってしまったのだろう
最近は自分でも敏感にわかるほど人のエネルギーに敏感な自分がいる
何でもかんでもエネルギー
例えば怒っている人のエネルギーって私にとってはすごく苦手で
影響を受けやすいと感じている
あーすごいなこのエネルギー そしてちょっと嫌だなと感じることがある
大人のエネルギーと子どものエネルギーには違いがあって
大人の方がもっと複雑で子どもの方が単純ではないけれど純粋に怒っているエネルギーを感じる
私は前者の大人の起こりのエネルギーがすこぶる苦手
なんかダメなんだよな
なんでダメなんだろうとひとえに考えてみると
両親がそんなに仲が良くないことが原因の1部だと感じている
結婚てそんなにいいものではないのかもと思った一因でもある
父は大好きだけれども怒りのエネルギーを内に秘めている父を見るのが結構辛い時がある
知らず知らずにそのエネルギーを受け取っていて
自分のエネルギー消費が半端ない
これを回避するにはその状態にある父と過ごさないのが1番だと思い
あまり実家には子どもと一緒には立ち寄るけれど1人の時は立ち寄らないようにしている
父や母は大好き でも喧嘩している所は見たくない
大好きな人がいがみ合っている姿を誰が見たいのかと思う
苦しいです 本当に
昔はその状況が大嫌いで
あー自分なんてこの世からいなくなればいい。。。
なんて挙げ句の果てに思ってたりするけれど
今は生きる理由を家族によってもらったのでそんなことは思わずに
そういうエネルギーを受け取らない方法を自分の中で見出して極力自分が心地の良いように過ごしています
もう1度言おう
大好きな人のいがみ合う姿は見たくありません
絶対に
時々夫と意見の食い違いで言い合うことがある
その時の娘(8歳)を見ると間に入ろうとしてやめさせようとして
あーーーーこれは父と母を見ていた自分なんだと気づく
でもなんかヒートアップすると(夫との言い合いを)やめられんで
そうすると私は父と母がしていて嫌なことを娘にもしている?と思うこともあるけれど
むずかしーーーーーーーって思ってます
人って怒っている時のエネルギーとしてそのエネルギーをまとった人の顔は見ていて苦しいし辛いです
今日は日々思っていた怒っているエネルギーが辛いお話しをしちゃった
生きていればいいことも悪いこともあるけれど
できればこういう私にとって嫌だなと思うエネルギーは感じたくないなと思った今日このごろです
さて、今日もその時々を大切に生きていこうと思います
自分を甘やかします
自分が快適じゃないと人にはやさしくできません
だから私は自分を甘やかす
やりたいことをして食べたいものを食べる
今日も甘やかせていただきます
行ってまいります
いってらっしゃい!!!
