マラソン
人はなぜ走るのか
なぜマラソンをするのか
辛いよ辛いのにもかかわらず
この間、子どもたちが地元の大きなマラソン大会に参加した
週に1度くらいの練習だったけど2キロ走った
すごいなぁ
私は昔マラソンが得意で、仲のいい友達の中で唯一マラソンだけが1番になれる競技で
それだけのために一生懸命走っていた気がする
そんな友達も高校は別々の高校に行ったのでライバルがいなくなった
私は高校ではマラソンをサボってしまった
心の中で「私はもっとできるのに!」なんて思いながら自分がちゃんとやらないだけなのだけど
どこかそんな自分にモヤモヤしていた気がする
中学の時はマラソン大会というものがなくて体育の時に学校の周りを3周したタイムを測って
タイムトライアル見たいな感じで順位を決めていた
中学2年の私は全校女子で2位🥈という輝かしい成績をとったことがある
自分にとってはとても嬉しくてね今でも家族に自慢しちゃうもんね
マラソンをは自分との戦いである
仲良しちゃんの中で唯一勝てる競技に位置していたので私は頑張った
ただそれだけだった
楽しんでいたか?いや。ただただ記録を追い求めるのは辛いだけだった気がする
体育の先生はある程度このくらいのタイムは出せるとわかっていたから
最初から少しだけ自分の中で手を抜いて走っているとすぐタイムに出るから怒られるんだよなー
「よはく!もっとピッチあげろ!!!ずるするんじゃなーい!!」とか言われて
でも大勢の生徒の中で私の名前を呼んで私の記録に向き合ってくれている感じがして
先生を独り占めできた気がして嬉しかったぁ
今、これを書いていたらそんな感情が湧いてきたことに驚いている
自分の子どもが参加するマラソン大会
沿道で応援していて声をかけると子どもが猛ダッシュする姿を見ると
私も小学校のときマラソン大会で応援してくれているお母さんを見つけると嬉しかったなぁとか
いろんな感情が出てくるよ
お母さんてそんな存在なのかとしみじみしじみで思ってました
5、10キロ、ハーフマラソンをいろんな人が走っている姿を見てきた
みんな戦っていたよ。自分をの戦い。どうして走るのだろう。
あんなに辛いのに。どうして。どうして。
今度マラソンをしている人に出会ったら聞いてみようと思う。
辛いけど頑張れるその原動力ってなんですか?
人生にも辛いけど頑張れるという現象が時々起こる
なんでなんだろうね
子育てとかそんなのかな
仕事と子育てとかそうなのかな。みんなどうなの?
私はね。初めは頑張っていたんだけどね
辛くてね頑張っていたんだけどね やめちゃったの 両立
自分が壊れそうになるのがわかったからやめたことは後悔していないんだけど
辛いけど頑張れるってああいう感覚なのかな
なんかよくわかんなくなっちゃったけど
よくわからないのが心であって
ましてや自分自身の心もわからないのだから
人の心ももっとわからなくて
こうやって少しづつ自分の心と向き合っていこうと思ったマラソンでした
自分は走ってないけどね!!!
今日は晴れててこれこそ秋晴れ!!!という感じの空です
あったかいと嬉しい。ありがとう。
それでは今日も行ってきます!
行ってらっしゃい!!かぐや姫。
お気をつけて。
